陸奥國一宮の鹽竈神社と、その摂社末社に至るまで、詳しく紹介します。
志波彦神社は、陸奥國 旧宮城郡の延喜式内社( 明神大社 )でもあります。
宮城県塩竈市 鹽 竈 神 社
志 波 彦 神 社
御 釜 神 社
祓 戸 社 (御朱印無し)
平成29年3月16日、鹽竈神社周辺を改めて参拝しました。

県道越しの、鹽竈神社の表参道。 他に、表坂や男坂、二百二段とも呼ばれます。

この付近に、「祓戸社」と刻まれた石柱があります。

鹽竈神社の反対に進むと見える、 この石祠が「祓戸社」です。
昔は、ここで身を清めてから参拝したそうです。

その横の石碑等。

左は、明治時代に建てられた、多賀城市内の名所旧跡までの距離表でした。
この側に小さな公園があり、2台分の無料駐車場があります。
改めて、鹽竈神社に向かいましょう。

ここから拝殿まで二百二段の急な石段が続くことから、表参道は「二百二段」とも呼ばれます。

表参道唯一の鳥居は国指定の重要文化財で、「陸奥國一宮」の額が掲げられています。

石段を1/3位登ると、急勾配に変わります。
バリアフリーでは無い、足の弱い方には厳しい石段です。

振り返った、表参道下の様子。

石段を登り切っても終わりではありません。 楼門(随身門)まで、また石段が続きます。

この右には馬場と呼ばれ、流鏑馬神事が行われる広い参道が続いています。

楼門を潜ると手水舎と唐門ですが、唐門は修理中でした。

唐門を潜らず左に進むと、
左から稲荷神社、住吉神社、八幡神社、神明社と、末社が四社並んでいます。

その前には、御神木もありました。

唐門を潜った正面が、右宮と左宮の拝殿です。
こちらには香取神宮と鹿島神宮の祭神が祀られています。

拝殿前の左右には、松尾芭蕉も見た「文治の灯籠」があります。

拝殿右横からは、右宮と左宮の御本殿の屋根だけが見えました。

唐門の横には大きな灯籠があります。 この右手の拝殿が、

主祭神「塩土老翁神」を祀る、別宮拝殿です。

この左側半分が、鹽竈神社の御朱印です。

唐門を出て、

左に、東参道を進みます。

左側の竹垣に囲われた2本の桜が、天然記念物の「鹽竈桜」です。

その右には、別宮の御本殿が垣間見えました。

その反対側に建つのが、舞殿です。

東神門を潜って、振り返る。

石段を下り馬場を横切り、振り返る。

この右には、境内の案内図と、

国指定重要文化財の配置図があります。

東参道は、裏坂や女坂とも呼ばれます。

少し下って振り返る。 左が東参道の手水舎です。

ここが、東参道の二之鳥居です。

ここには、七曲坂が登って来ています。

案内板

その反対側には、御神馬。 この背後に建つ赤い鳥居が、

志波彦神社の鳥居です。 右は、社務所。


ここまで志波彦神社の参道です。

こちらが、志波彦神社の手水舎と神門です。

拝殿。 日が陰って、写りが良くなかったのは残念でした。

右半分が、志波彦神社の御朱印です。

御本殿は、外からの方がよく見えました。

志波彦神社前から、社務所前庭越しの松島湾。 正面が松島湾の入口です。
大きなマンションが邪魔ですね。 右端には、金華山も見えてます。

案内図

社務所に向かい、自動車お祓い所の横に建つ建物は、

案内板

社務所

前庭越しの、志波彦神社。

この社務所周辺や第二駐車場は桜が多く、これからの時期お花見で賑わいます。

駐車場を抜け、東参道に戻り下ります。

ここで参道は右折しますが、

正面には、

案内板

UP

参道を、少し下って振り返る。

東参道の一之鳥居の額には、鹽竈神社と志波彦神社の社名が並んでいました。

ここから、東参道が始まります。
ここから南100mには、

市街地の中に、御釜神社があります。 一之鳥居と二之鳥居。

由緒書


御釜神社

御釜神社の御朱印

左の垣根の中には、四口の御神釜が祀られています。

案内板

御釜神社の奥には、

池と藤鞭社と藤棚が並んでいました。

右手前には、神事用の竈があります。
ここから表参道に向かい、

信号の手前のここが、七曲坂の入口です。

年3回の鹽竈神社の御祭りでは、重さ約1トンの御神輿が氏子に担がれ、
表参道の急な石段を登り降りします。
夜、市内の御神輿巡行で疲れた氏子に担がれた御神輿が、
太鼓の応援で表参道を登る様は、まさに感動のフィナーレです。

夏祭りの「みなと祭り」では、鹽竈神社の御神輿は鳳凰の形をした御座船に、
志波彦神社の御神輿は、龍の形をした御座船に乗せられ、松島湾内を巡行します。
この写真は、鹽竈神社の御神輿が観光桟橋に上陸直後の写真です。
今、みなと祭りは7月の海の日に行われますが、その前は8月5日に行われていました。
志波彦神社は、陸奥國 旧宮城郡の延喜式内社( 明神大社 )でもあります。
宮城県塩竈市 鹽 竈 神 社
志 波 彦 神 社
御 釜 神 社
祓 戸 社 (御朱印無し)
平成29年3月16日、鹽竈神社周辺を改めて参拝しました。

県道越しの、鹽竈神社の表参道。 他に、表坂や男坂、二百二段とも呼ばれます。

この付近に、「祓戸社」と刻まれた石柱があります。

鹽竈神社の反対に進むと見える、 この石祠が「祓戸社」です。
昔は、ここで身を清めてから参拝したそうです。

その横の石碑等。

左は、明治時代に建てられた、多賀城市内の名所旧跡までの距離表でした。
この側に小さな公園があり、2台分の無料駐車場があります。
改めて、鹽竈神社に向かいましょう。

ここから拝殿まで二百二段の急な石段が続くことから、表参道は「二百二段」とも呼ばれます。

表参道唯一の鳥居は国指定の重要文化財で、「陸奥國一宮」の額が掲げられています。

石段を1/3位登ると、急勾配に変わります。
バリアフリーでは無い、足の弱い方には厳しい石段です。

振り返った、表参道下の様子。

石段を登り切っても終わりではありません。 楼門(随身門)まで、また石段が続きます。

この右には馬場と呼ばれ、流鏑馬神事が行われる広い参道が続いています。

楼門を潜ると手水舎と唐門ですが、唐門は修理中でした。

唐門を潜らず左に進むと、
左から稲荷神社、住吉神社、八幡神社、神明社と、末社が四社並んでいます。

その前には、御神木もありました。

唐門を潜った正面が、右宮と左宮の拝殿です。
こちらには香取神宮と鹿島神宮の祭神が祀られています。

拝殿前の左右には、松尾芭蕉も見た「文治の灯籠」があります。

拝殿右横からは、右宮と左宮の御本殿の屋根だけが見えました。

唐門の横には大きな灯籠があります。 この右手の拝殿が、

主祭神「塩土老翁神」を祀る、別宮拝殿です。

この左側半分が、鹽竈神社の御朱印です。

唐門を出て、

左に、東参道を進みます。

左側の竹垣に囲われた2本の桜が、天然記念物の「鹽竈桜」です。

その右には、別宮の御本殿が垣間見えました。

その反対側に建つのが、舞殿です。

東神門を潜って、振り返る。

石段を下り馬場を横切り、振り返る。

この右には、境内の案内図と、

国指定重要文化財の配置図があります。

東参道は、裏坂や女坂とも呼ばれます。

少し下って振り返る。 左が東参道の手水舎です。

ここが、東参道の二之鳥居です。

ここには、七曲坂が登って来ています。

案内板

その反対側には、御神馬。 この背後に建つ赤い鳥居が、

志波彦神社の鳥居です。 右は、社務所。


ここまで志波彦神社の参道です。

こちらが、志波彦神社の手水舎と神門です。

拝殿。 日が陰って、写りが良くなかったのは残念でした。

右半分が、志波彦神社の御朱印です。

御本殿は、外からの方がよく見えました。

志波彦神社前から、社務所前庭越しの松島湾。 正面が松島湾の入口です。
大きなマンションが邪魔ですね。 右端には、金華山も見えてます。

案内図

社務所に向かい、自動車お祓い所の横に建つ建物は、

案内板

社務所

前庭越しの、志波彦神社。

この社務所周辺や第二駐車場は桜が多く、これからの時期お花見で賑わいます。

駐車場を抜け、東参道に戻り下ります。

ここで参道は右折しますが、

正面には、

案内板

UP

参道を、少し下って振り返る。

東参道の一之鳥居の額には、鹽竈神社と志波彦神社の社名が並んでいました。

ここから、東参道が始まります。
ここから南100mには、

市街地の中に、御釜神社があります。 一之鳥居と二之鳥居。

由緒書


御釜神社

御釜神社の御朱印

左の垣根の中には、四口の御神釜が祀られています。

案内板

御釜神社の奥には、

池と藤鞭社と藤棚が並んでいました。

右手前には、神事用の竈があります。
ここから表参道に向かい、

信号の手前のここが、七曲坂の入口です。

年3回の鹽竈神社の御祭りでは、重さ約1トンの御神輿が氏子に担がれ、
表参道の急な石段を登り降りします。
夜、市内の御神輿巡行で疲れた氏子に担がれた御神輿が、
太鼓の応援で表参道を登る様は、まさに感動のフィナーレです。

夏祭りの「みなと祭り」では、鹽竈神社の御神輿は鳳凰の形をした御座船に、
志波彦神社の御神輿は、龍の形をした御座船に乗せられ、松島湾内を巡行します。
この写真は、鹽竈神社の御神輿が観光桟橋に上陸直後の写真です。
今、みなと祭りは7月の海の日に行われますが、その前は8月5日に行われていました。
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